こんにちは、教室長のこうちです。

 

3連休明けの今日は、学年末テスト1日目!!

 

休日にしっかりと勉強はできましたか?

 

最後の見直しをしっかりとして、

明日のテストに臨みましょう!!

 

 

2月もあと1週間で終了です。

2月は、他の月よりも短いということで

余計に早く過ぎ去っていく気がします。

 

まだまだ先だな・・・と思っていても

すぐそこまできているのが、3月!!

 

3月といえば、女の子の日である ” ひなまつり ” があります。

実は、ひな祭りは全国でも行事が開かれるほど

根付いている節句行事の一つです。

 

本日から数日間は、ひなまつりについて

ご紹介していきましょう!

 

 

 

ひなまつりのルーツは?

ひままつりのルーツは、なんと中国!!

中国 漢の時代にある家族がおりました。

 

その家には、3人の女の子が生まれました。

しかし、その女の子は1人残らず3日以内に死んでしまったのです。

 

そのことに嘆き悲しんでいる家族を見かねて

村の人たちが、酒で亡骸を清め、水に流して埋葬した

というお話がひなまつりの最初とされています。

 

 

この話を聞いただけでは、

今のひな祭りとは全く関係がなさそうに聞こえます。

 

今では女の子の日の行事として知られているひなまつりですが

最初に日本で始まったときは、無病息災のお祓いの行事から始まっているのです。

 

 

ひなまつりが日本へやってきた!

平安時代、陰陽師がいたころは

人の目には見えない力が信じられていました。

 

そこで、人々は紙で作った人形に自分の生年月日を書いて、

自分の降りかかる災難をその人形に移し、水に流すというお祓いを

陰陽師を呼び行っていました。

 

この行事を行っていたのが、上巳の節句(じょうみのせっく)と呼ばれる

3月上旬の日だったのです。

 

同時期に、貴族のあいだでは、紙の人形をつくって遊ぶという

『ひいな遊び』が流行っていました。

 

この「ひいな」が、ひなまつりの「ひな」のルーツです。

 

 

室町時代

上巳の節句が、「3月3日」に決定しました。

このときから、お祓いの行事は3月3日にしていたようです。

 

江戸時代

幕府の大奥で、ひな祭りが流行ってきました。

このときは、まだひな祭りは、大人の女性のお祭りであり、

子どものお祭りではなかったようです。

 

京都でも盛大なひな祭りが開かれ、

どんどんひな祭りは、庶民へと広まっていきます。

 

すると、人形師が出てきたり、小物専門職人が出てきたりと

ひな祭りが派手になっていきます。

 

幕府が、「ちょっと派手すぎるから自粛してね!!!」とお触れを出すほど笑

 

庶民に広まり始めた頃から、

ひな祭りは女の子の赤ちゃん誕生を祝うお祭りとしても風習が始まりました。

 

 

 

こうして、現代でも派手なひな人形があり、

女の子のお祭りとして根付いているのです。

 

明日は、ひな祭りの言葉のいろいろについてお話していきます。

 

 

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